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温泉水のヌルヌル感の解説

皮膚にヌルヌル感を与える温泉水の謎とその判別評価法

ヌルヌルする温泉の代表として、鳴子温泉(宮城県)の“うなぎ湯”が知られている。文字通り入浴中、手が肌に触れると、鰻の表面のヌルヌル感と同じような皮膚感覚にさせられる。驚きである。しかし,“うなぎ湯”では、pHが9前後とアルカリ性が特に強いわけではなく、一方pHが11もある強アルカリ性の白馬八方温泉ではそれほどヌルヌル感が強くない。これまでヌルヌル感はアルカリ性温泉が専売特許と思われてきたが、pHが中性の7を下回る温泉でもヌルヌル感を与える温泉(小谷温泉、長野県)がある。そこで、皮膚にヌルヌル感を与える温泉成分の条件がどのようになっているかを研究した。その結果、500を超える温泉について、それらの温泉分析表の温泉成分からヌルヌル感を与える温泉と、そうでない温泉を97%以上の確率で見分け、判別評価できた1,2)

具体的な実験として、温泉水に含まれると予想されるアルカリ成分を,各種アルカリ試薬として準備し,それらアルカリ成分とカルシウム(Ca)またはマグネシウム(Mg)成分を、それぞれ濃度を変えて精製水(純水)の温水(40℃)にそれぞれ溶解させた。それら温水中に両手を浸し,擦り合せし、ヌルヌル感を感じるまでの時間を測定した。ヌルヌル感を感じるまでの時間を、手を浸した後15秒以内(ヌルヌル感が強い),16~30秒(ヌルヌル感が弱い)および30秒以上(ヌルヌル感を感じ難い)の3段階に分け、20台前半の皮膚に問題の無い健常男女5~7人で評価した。判定は半数以上の結果を採用し、ヌルヌル感の判別評価を行った。なお、アルカリ試薬を溶解させての官能試験であることから、基本的に皮膚の感覚は一般的にヌルヌル感と思われるが、試薬濃度や個人差などによりスベスベやツルツル感などの皮膚感覚のニュアンスも、ヌルヌル感に含まれ評価されている。

これらの実験を通して、明らかになった結果を、以下に解説する。

 

1.皮膚にヌルヌル感を与えるメカニズム

図1に、皮膚にヌルヌル感を与えるメカニズムを示す。温泉水中のアルカリ性成分と皮膚に存在する皮脂とが反応してナトリウム(Na)あるいはカリウム(K)石鹸(Na(K)石鹸(R-COONa))様の物質ができ、皮膚にヌルヌル感を与える。一方、温泉水中に含まれるカルシウム(Ca)やマグネシウム(Mg)によりCa(Mg)石鹸((RCOO)2-Ca)のような金属石鹸の石鹸カスが生じ、皮膚のヌルヌル感を阻害する。さらには、生成されたNa(K)石鹸はpHが低下すると水素イオン(H+) 濃度の増加により脂肪酸(R-COOH)が生成し、ヌルヌル感を抑制する。すなわち、皮膚のヌルヌル感は温泉水中のNa(K)系アルカリ成分が多く、CaやMgが少ない程、ヌルヌルする温泉水となる。そのため、アルカリ成分とCaおよびMg成分の割合いが温泉水のヌルヌル感を決める重要な因子となる。そのため、温泉分析表の温泉成分から、ヌルヌル感を与える温泉とそうでない温泉が推測可能となる。

 

2.ヌルヌル感を与えるアルカリ成分の種類とそれらの強さ

温泉分析表から温泉水に含まれると思われるアルカリ成分のヌルヌル感に与える強さは,NaOH系(NaOH,KOH, Na2CO3,Na2S,Na2SiO3の成分の合計),NaBO2系(メタホウ酸系)およびNaHCO3系(重曹系)の3種類のアルカリ成分系に分類できる。これらアルカリ成分系の相対的ヌルヌル感の強さは、1:0.18:0.1の順となり、それらアルカリ成分濃度を(1)式に従い合計したものが温泉水の有効アルカリ成分濃度[Ae]となる。

[Ae] = [ANaOH] + 0.18[ANaBO2] + 0.10[ANaHCO3]      (1)

(1)式で、重曹(NaHCO3)は同じヌルヌル感を与えるのに,NaOH系アルカリ成分と比較して0.1倍、メタホウ酸では0.18倍のアルカリの強さに相当し、それらアルカリ成分はアルカリの強さが非常に弱いことになる。

また、メタケイ酸(Na2SiO3)は、これまで皮膚のヌルヌル感に大きく寄与すると宣伝されてきているが、Na2CO3などの他のNaOH系アルカリ成分と差がないことも分かる。

 

3.ヌルヌル感判別評価式の検証

3.1 ヌルヌル感判別評価式

皮膚のヌルヌル感に与える温泉成分との関係は、(2)式に示すヌルヌル感判別評価式で与えられる。

[Ae] > 0.30(1 – Ke)/(0.55 – 1.55Ke)          (2)

ここで、Ke = [Ca+Mg]/([Ae]+[Ca+Mg])で,[Ae]と,CaとMgの合計濃度[Ca+Mg],すなわち温泉成分中のヌルヌル感に関係する成分合計に対する[Ca+Mg]の割合を示す.なお,濃度はいずれも温泉水1kg当りのミリモル[mmol/kg]または[mM]を示す.

(2)式の[Ae]を縦軸、Keを横軸に採ると、図2の実線で示す曲線が得られ、その曲線の内側の領域がヌルヌル感を与える領域、外側はヌルヌル感を与えない領域に分けることができる。

 

3.2 “うなぎ湯”(鳴子温泉)を含めた温泉水の判別評価式による検証

ヌルヌル感判別評価式((2)式)の有効性を、“うなぎ湯”を含めた9の泉質(旧泉質名)を有する鳴子温泉で検証する。鳴子温泉のゆさや旅館の温泉水(pH 8.9)は,代表的な“うなぎ湯”として知られる。この温泉水に、pHを下げるために塩酸を添加した場合、pHは中性の7をやや下回るところまで皮膚のヌルヌル感が保たれた。それ故、アルカリ性でなくてもヌルヌル感を示すことが分かる。これは、以下に示すように、ゆさや旅館の温泉水に含まれるアルカリ成分が非常に高い濃度を有することが関係している。

ゆさや旅館の温泉分析表から、有効アルカリ濃度[Ae]を換算すると7.2 [mM]となり、ゆさや旅館のうなぎ湯はNaOH系アルカリ試薬単独でヌルヌル感を与える最小濃度0.55[mM]と比較して、13倍もの多量のアルカリ成分を含むことになる。また、CaおよびMgの濃度[Ca+Mg]が低く、[Ae]が大きいことから、Keは0.026と非常に小さくなる。このデータを図2で示すと、ゆさや旅館のうなぎ湯(a印)は[Ae]が高く、Keが小さいヌルヌル感を十分与える領域に位置していることが確認できる。一方、同じうなぎの湯の “しんとろの湯”(b印、pH 9.4)では、温泉分析表から[Ae]は7.7 [mM]、Keは0.018となり、しんとろの湯はゆさや旅館のうなぎ湯以上に、ヌルヌル感を与えることが計算から推測できる。実際、両温泉に入浴した場合、ヌルヌル感はしんとろの湯の方が大きいことが実感できると思われる。両者の成分的な違いは、ゆさや旅館はヌルヌル感の弱いNaHCO3 が全体のアルカリ成分の約50%を占める一方、しんとろの湯ではよりヌルヌル感の強いNaOH系のNa2SiO3(メタ珪酸)が全体のアルカリ成分の65%を占めている。同じヌルヌル感を与えるうなぎ湯でも、成分的に大きな違いがあることが明らかとなる。

さらに鳴子温泉には、ゆさや旅館およびしんとろの湯の他にヌルヌル感を与える温泉水(c ~ n印)およびヌルヌル感を与えない温泉水(o ~ s印)があり、(2)式に基づき解析した結果を、図2に合わせて示した。鳴子温泉のヌルヌル感を与える(○印)および与えない(□印)温泉水が、図2に示す判別評価曲線((2)式)を境に左右に分かれ、鳴子温泉でのヌルヌル感判別評価式の有効性が確認できる。

また、鳴子温泉以外でヌルヌルする温泉で有名な嬉野温泉(t印)および同じ佐賀県内にある高串温泉(u印)や、pHが11を越す強アルカリ性の白馬八方温泉(v印)および都幾川温泉(w印,埼玉県)の結果を、図2にそれぞれ示す。いずれもヌルヌル感の領域にあることが分かる。前者の嬉野や高串温泉と比較して、後2者の温泉は、pHが非常に高くてもヌルヌル感判別曲線に比較的近く、pHに比例してヌルヌル感が増すと限らないことが分かる。

さらに、x印で示す小谷温泉(長野県)は、重曹(NaHCO3)を1961 [mg/kg]を含む皮膚にヌルヌル感を与える重曹泉として知られているが、その温泉水はpH6.8でアルカリ性ではない。しかし、有効アルカリ成分濃度[Ae]は9.35 [mM]とうなぎ湯より高く、またKeも0.14と特に大きくないことから、pHが中性以下でもヌルヌル感が保持されていると考えられる。図2のAとB印は、芦野温泉(栃木県)の同じ敷地内から湧出するpH9台のアルカリ単純温泉の源泉を示す。同じアルカリ単純温泉でも、Aはヌルヌル感を与え、Ca、Mg成分が僅かに多いBはヌルヌル感を与えないことが確認でき、2つの浴槽に比較入浴が可能である。

ここで、(2)式の判別評価式の精度をより上げるための工夫を検討した結果、

(2’)式が得られた。

[Ae] > 0.06(1 – Ke)/(0.43 – 1.43Ke)          (2’)

 

4.簡易的ヌルヌル感判別評価式によるヌルヌル感評価

(2’)式のヌルヌル感判別評価曲線を、より簡便に分り易くするため、曲線を2本の直線で近似すると、(3)式に示す簡易的判別評価式が得られる。

[Ae] > 0.6 および Ke < 0.30)  (3)

一方、有効アルカリ成分濃度[Ae]の代わりにpHで表すと、(4)式で示すpH-Keの簡易的判別評価式が得られる。

pH > 6.6 および Ke < 0.30)   (4)

(3)および(4)式で示す直線で囲まれた内側の領域、すなわち[Ae]が 0.6[mM]またはpHが6.6以上で、且つKeが0.30以下のそれぞれの領域がヌルヌル感の領域、他はヌルヌル感を示さない領域を示す。

図3には、(2’)式および(3)式に基づいた500以上の温泉分析表から計算した結果を、図4には(4)式に基づき計算したそれぞれの結果を示す。図中の●印はヌルヌル感を与える温泉、■印は与えない温泉を示す。いずれの式でも、97%以上の確率で判別評価が可能である。

 

5.判別評価式のフローチャート

図5に、これまでに述べたヌルヌル感判別評価式を、分り易くフローチャートで示す。フローチャートを順番に計算していくことで、ヌルヌル感を与える温泉かそうでない温泉かが判別評価が可能となる。具体的には、温泉分析表から、先ずpHが6.6以上でYESに進む。それ以下であればNOに進み、その温泉はヌルヌルしない温泉となる。YESに進んだ場合、pHが7以上でYESに進み、それ以下であればNOに進む。ここでは、(1)式に示すそれぞれのアルカリ成分濃度とCaとMgの合計濃度[Ca+Mg]を計算で求める。その際の濃度は、温泉水1kgあたりのmmol数で求めるため、図中の[NaOH]などの式中の分母の数字はそれぞれの分子の分子量を示す。分子量で割ることで、それぞれの成分のmmol数が求められる。pH7以下のNOでは、メタ珪酸分(H2SiO3およびHSiO3-)のヌルヌル感に寄与する割合はゼロとなり、pH7以上ではヌルヌル感に寄与し、YESと大きく異なることにある。次に、YES、NOの両者の有効アルカリ成分濃度[Ae]を計算し、その[Ae]が0.6以上でYES、以下でNOに進む。ここで、NOの場合、ヌルヌルしない温泉水となる。YESでは、Keを計算し、0.3以下でYESに進み、ヌルヌルする温泉水と、一方NOではヌルヌルしない温泉水に判別評価できる。

判別評価式の具体的な計算法として,大河内研ホームページ3)を参照していただき、温泉分析表のそれぞれ成分の値(mg/kg)を、そのまま表中に入力すれば、計算値と共に、図3および図4に示すヌルヌル感判別の評価図が得ることができます。より詳細に知りたければ論文1,2)参照していただければと思います。

皆様には、実際判別評価式にトライしていただき、判別評価式のより一層の精度を上げる工夫を、今後ご提案していただければければ幸いに存じます。

 

参考文献

1)大河内ら、“皮膚のヌルヌル感に及ぼす温泉水の特性”、温泉科学、62, 237-250(2012)
2)大河内ら、“皮膚のヌルヌル感に及ぼす温泉水の成分とpHの関係”、温泉科学63,(2013)
3) http://www.geocities.jp/okouchi_hosei/

図1 皮膚にヌルヌル感を与えるメカニズム(石鹸モデル)

図2 (2)式による“うなぎ湯”を含む温泉水のヌルヌル感判別評価

a:ゆさや旅館(含芒硝-硫黄泉),b:しんとろの湯(含芒硝・食塩-硫黄泉),c琢秀(含芒硝重曹-硫黄泉),d:仙庄館(単純硫黄泉),e:ホテル扇屋(食塩泉)f:旅館大沼(重曹泉),g:星の湯旅館(単純温泉),h:あすか旅館(単純温泉),i:鳴子ラドン温泉(含重曹芒硝-硫黄泉),j:東蛇の湯(含重曹芒硝-硫黄泉),k:旅館三之亟湯(重曹泉),l:菊池旅館(単純温泉),m:四季の宿花渕荘(含重曹芒硝-硫黄泉),n:老人休養ホームなかやま山荘(含重曹・食塩-硫黄泉), o:姥の湯旅館(単純泉),p:東多賀の湯(含土類重曹-芒硝硫化水素泉),q:鳴子観光ホテル(含土類-芒硝硫化水素泉),r:吟の庄(酸性芒硝泉),s:滝の湯(酸性含明礬・緑礬芒硝硫化水素泉),t:嬉野温泉(含食塩-重曹泉),u:高串温泉(重曹泉),v:白馬八方温泉(アルカリ性単純温泉),w:都幾川温泉(アルカリ性単純温泉), x:小谷温泉山田旅館(重曹泉),y:小谷温泉熱泉荘(重曹泉),A:芦野温泉第一号泉(アルカリ性単純温泉),B:芦野温泉第二号泉(アルカリ性単純温泉)

図3 ヌルヌル感判別評価式((2’)及び(3)式)による全国506の温泉水のヌルヌル感判別評価破線:(2’)式、実線:(3)式(簡易式)

図4 簡易的判別評価式((4)式)による全国506の温泉水のヌルヌル感判別評価

図5 皮膚にヌルヌル感を与える温泉水の判別評価フローチャート

 

投稿日:2019年9月4日 更新日:

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